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日本版LNDも気に入りました


by yukituri

で、こちらの殺し手は? < Jekyll & Hyde @ Bamberg

どれだけ需要があるんだろうか?と怪しみつつも、今回の旅先で観た作品の覚え書きシリーズ。ドイツの小都市、ホーフ (Hof) の町の劇場がやっているジキルとハイドの、全体が世界遺産な町バンベルクへの引っ越し公演、という渋い代物です。渋いというか、いろいろオモロい演出。いろんなジキハイがあるものです。ワイルドホーン、ものすごい放任主義?
ドイツ語ジキハイは、数年前にドレスデンでクリス・マレー主演を見て以来。あの時もなかなか個性的だと思いましたが、その比じゃなかったような。

演出で印象的だったところ、ネタバレします。


2012. 07. 04 E.T.A. Hofmann Thater, Bamberg
Jekyll & Hyde: Kai Huesgen





幕開け。精神病院や狂った父親は出てこない。代わりに、自分が境界線なジキル博士が、研究メモらしき紙を何枚か神経質にいじりながら、多分アターソン相手に 「やらないといけないんだ!」 と叫んでいる。

セットは左右の壁際に赤い角柱を並べ、上から幕を何枚か下ろす (後には Hyde と殴り書きしてある幕も) だけで、極めて簡素。脱力しそうなヘタウマ絵とかが出てくるよりはずっといい。主役のカイさんによると、「オペラ座が作ってるから。ドイツのオペラは、こういう観客に想像させる式のが多い」 だそう。

ファサード (嘘の仮面) 衣装がかなりすごい。灰色のスーツ/ドレスの上に、半身だけ黒の服を上にかぶせた人々。灰色と黒は縫い合わされてないように見える。つまり、誰の心の中もばらばらで、かつ白くない。

ジキルはかなりイヤなやつで、決して善ではなく、理事会シーンでも同情は起きない。婚約パーティーでは、客たちがいなくなった後、Lisa と2人上着を取ってソファーの上でまさに… な勢い。目撃してしまうダンヴァース卿は憤然。"Letting Go" (別れ) はばっさりカット (コラッ) だが、この怒りっぷりじゃしみじみ娘を送り出す気にもなれなさそうだ。

「赤鼠亭」、スキップしつつ、嫌がるアターソンを引きずっていくジキル。ルーシーにも特に優しくない。一応、名刺は渡してたが。それなのに直後にルーシーが 「あんな人が」 と恋に落ちた想いを歌うのがやや唐突。ちなみにアターソンは年増娼婦のネリーに迫られて困惑していた。

ジキルの実験室は大きなテーブルの上に紙が散乱しているだけで、試験管とか水とか火の気とかは一切なし。最初だけは赤い液体の薬が置いてあるが、どうやって調合してるのか謎w

ジキルは赤い薬を摂取した後、2回目には自分のシャツにこぼしてしまう。この後もずっと着ている赤く染まったシャツが意味深。

ハイドへの変わりっぷりはあまり具体的に覚えてないが迫力だった。ジキルより明らかに楽しそうに演じている。神経質なマッドサイエンティストが、殺人鬼に変身すると、灰色と黒のツートンスーツに司教冠やマフラーだけ付けた大司教やプループスを嬉々として殺す。

いろいろ省略して、ルーシーの部屋は、幕が何枚か下りて狭くなっているところにマットレスが一つあるだけ。
アターソンがジキルの手紙を渡して去ると、ルーシーは "A New Life" ではなく "Girls of the Night" を歌う。どうせ惨めな境遇から抜けられないんだろう、というやるせなさか漂い、これはこれで好き。だけど何でわざわざ一番の名曲をカット?? 演出家出てこい。

"Confrontation" ジキルとハイドの切ジキルり替わりっぷりが見事。だが、他バージョンと違い、ジキルはハイドに (内面だけであっても) 勝利してはいない。「お前がハイドだ」「違う!僕はジキルだ」という闘いの後、「僕は」 「お前は」 「僕は」 「お前は」 と人格交代が止まらなくなってしまう彼を、Lisa が引きずって連れ去る。

そんな状態で大丈夫かと思うけど結婚式。大部分は布が被せられているとはいえ、ルーシーの死体を乗せたマットレスが転がっている横で (!!!) というのが~

ジキルはハイドに変身するが、Lisa の説得で辛くも自分を取り戻し、

神経質に2人の手を振り払って奥へ行きかけ、後ろを向いたまま…

  自分で自分の喉を掻き切って

ルーシーの死体の上に倒れ込み、幕。


うわぁ、な終わり方だったけど、親友に手を汚させないというのは、ジキル (ひょっとしたらハイドも入ってるかも)、けっこういい奴なのかも。


キャストその他の感想、出待ち話。

Kai Huesgen さんという名前にも、E.T.A. Hofmann Theater という劇場にも全く見覚えがなかったけど、検索してみるとカイさんは秋からのウィーンのエリザベート記念版のアンサンブルにいるし、あちらで仕事されてる音楽家の方のブログの観劇記に 「半端なくうまい」 とあったし、きっといいだろうと期待して有力候補に。
ライプツィヒのモンテクリストの2日目チケット (希望の1日目が最初売り切れだったので押さえで買った22ユーロ) を捨てないと見られなかったのですが、ハンガリーでジキハイ観る前に知ってる言語で予習もしたかったし、迷った末こちらにしました。結果は正解! 小柄だけど存在感のある、演技も歌もうまい人でした。
素顔は若々しい好青年。ベルリン Tanz der Vampire のシャガールを1週間だけ休んで!出ていたそうです。

ルーシーは、ちょっとソウル版のソンミンちゃんを思い出す、可愛らしくかつ広がりもある力強い声。ドイツで聞くには少し意外な気がしました。デンマーク出身だそうだけど、顔立ちからするとユーラシアンかも? New Life のカットについては彼女もびっくりだったみたいで、最初に演出家から聞いたとき、口ポカーンで "ナーイン!!" (Noooo!) だったとか。
秋からのシーズンには "Chess" のフローレンスをするそうで、それも似合いそう。どこでもドアがあったらなぁ。

地方のミュージカル公演にありがちですが、オペラ声の人がかなり混じってました。特にジキルの婚約者嬢 (Lisa = リザ 初めてこの名前で見た) の最初は完全にオペラのソプラノ発声。ルーシーと対照的でした。父親もかなりオペラ歌い。ミュージカル役者なのは主役とルーシーだけで、後は全員、Hof の常任団員のオペラ歌手だとか。

ミュージカルファンとしては聞いててン? と思ったりしたけど、この辺は文化事業の厚みという面も。せいぜい中規模の町に常設の劇場があって、専任のオペラ歌手抱えてるんですよ、すごいなあ。それでか、日本人歌手も数人混じってました (職があるあちらで就職している人は多そうです)。韓国人らしき名前もありました。


「アンダーソンがアターソンしてます。よろしく♪」 なティロさんもオペラ歌手だけど、歌声に違和感はそんなになし。他のバージョンではアターソンがジキルを引っ張って怪しい店に行言うと面白がってました。このアターソンはジキルよりかなり大柄篤実でまさに紳士な趣が好きでした。
by yukituri | 2012-07-13 22:39 | Jekyll & Hyde